夏の別れ[短い小説]

小説

タイチは鼻から血を流して、もうやめようというふうに手を振った。

黒田は、それ以上手を出さなかった。

そのかわり、しょうもない、と相手に聞こえるようにつぶやいた。

タイチの仲間はただ見ているだけだった。

一応の体裁は保っておきたいのだだろう、黒田の方を睨んだり、小さく暴言を吐くものもいた。

しかし、ただ見ているだけだった。黒田も相手にしなかった。

「俺が悪かった、もうなにもいわない」

タイチは、学生服の襟を血で汚したのにも気づかずいった。

「もう帰るわ。おもしろくない」

黒田は、道に転がった鞄を拾って、駅へと向かった。

後ろから、黒田を嘲弄する声が聞こえるが、黒田は振り返らなかった。

その日から、タイチは黒田をからかうようなこともなくなったし、タイチの連れも、彼に対してちょっかいをかけることはなくなった。

黒田が転校してきて、一か月目の出来事だった。

タイチらは、黒田をむしろ仲間とみなしたようだった。黒田もそれを受け入れた。

学校が終わるとたいていみなで駅前のマクドナルドに行って時間をつぶした。

マックシェイクやアイスコーヒーを飲みながら、スマートフォンに映る誰それの噂話を楽しんだ。

黒田は前の高校では感じなかった充実感を得た。

みな気を使うし、黒田も悪い気はしなかった。

夏休みに入る前、公園でみなで缶チューハイを飲んでいるときだった。

仲間のひとりで、口の軽いカズヤがいった。

「最近、狩りしてないよなあ」

それを聞いて、タイチは暗い顔をした。黒田には何のことか分からなかった。

「そろそろ景気づけしないか」

カズヤがいう。タイチは顔を伏せたまま何もいわない。

「狩りってなんだ」

黒田が訊く。

「いまから、ホームレスをね」

タイチは笑っていう。他の連中も笑った。

黒田のなかで、吹っ切れるものがあった。

彼は、鞄を持って立ち上がると、公園をあとにした。

後ろから、カズヤの罵声が聞こえる。マジメぶんなよ、と聞こえる。

黒田は、もう金輪際、彼らとは口も利かないことにした。

翌日から、タイチらは黒田には近づかなくなった。黒田もまったくの無関心を装った。

しかし、反面、不愉快でならなかった。ちょっと声でもかけられたら、殴ってしまいそうだった。

それを察してか、タイチらも目を合わせようとしなかった。

彼らのなかでも変化があったことを黒田は気がついた。

タイチは、カズヤたちの群れから外れるようになっていた。

長い髪をバッサリ切って、授業にも出るようになった。

大人しく、ひとりでいることを好いているようだった。

黒田も声を掛けなかった。

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