曽根崎の友達。[短い小説]

小説

講義が終わって、カフェテリアに向かう途中で、曽根崎は、友人の桑原に声を掛けた。

しかし、友人と思っているのは、曽根崎の一方的な思い込みであるかもしれなかった。

桑原は、曽根崎に一応の受け答えはしたものの、用事があるといって急ぎ足で去って行った。

曽根崎も愚かではないので、桑原が自分を避けていることに気が付いたが、深刻に考え込むようなことはなかった。

桑原は実際に用事があって、急いでいたんだろうと、思い直した。

カフェテリアには、同じ講義に出ていた竹下がいた。

曽根崎は、スパゲティとコーラの乗ったトレーを持って、彼の向かいに座った。

「いやさあ、今日もモネりん髭が伸びてたね。ますますマフィアっぽくなってない?」

曽根崎はいった。

モネりんといのは、先ほどまで曽根崎らが受けていた現代文学の教授のことで、ときどき例えにモネの話をいれるので、そう呼ばれているのだった。

「さあ、どうかねえ」

竹下は、気のない返事をして、スマホを見ながらカレーライスを口に運んでいる。

「あの先生、たとえ話が文脈からズレてるよね。ドストエフスキーからどうしてモネに飛ぶんだろうね。僕は少しこじつけがましいとおもうんだけれど」

「別にそれでいいと思うけど。だいたい同じ時代に生きてたわけだし」

竹下は、スマホを置いて、食べるのに集中しだした。

「でも、ドストエフスキーって印象派って感じじゃないよね。この前だって三島由紀夫と作品とモネの関連性とかといってたけでど、ちょっと乱暴じゃないかな。トーマス・マンといい間違えたんはないかと僕は思ったんだけど。三島は解体じゃないんだよ、再構築なんだよ」

「あのさ、スパゲティ食べないの?」

「いや食べるよ」

曽根崎は、フォークに麺を絡めた。しかし、口に運ぶ前にまた話し出した。

「僕はドストエフスキーの予言はもう終わってると思うんだよね。せいぜいが学園紛争の時代くらいで。これらは、チェーホフなんだよ。科学への信奉の仕方はいまの時代と違うけどさ、それでもあの無常観というかさ、東洋的なところとかとくに、これからのスタンダードにどんどんなっていくと思うんだよね」

「スパゲティ冷めてるよ」

竹下は、コーヒーを飲みながらまたスマホを触り始めた。スマホからは、少し音が漏れていた。

「何観てるの?」

「いや、別に。俺もう行くわ」

竹下は、コーヒーを最後まで飲まずに席を立った。

曽根崎は、ようやくにしてスパゲティを口に運んだ。

フォークを持つ手が震えた。

それは怒りのためではなかったし、恐怖のためでももちろんなかった。

ただ葦が風に揺れるように自分の体が思い通りにならなかった。

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