さっちゃん。【短い小説】

小説

その情報を私は新聞記事で知った。そこには、人の手がほしいひとにはうってつけ、寂しい一人暮らしの老人にも朗報、と広告記事のように軽妙な調子で説明があった。なんでも、十万円だせば、気軽に電気屋で買えるのでそうだ。

はじめ、私は特に関心を持たず、他の記事と一緒にそれも読み飛ばしただけで、再読しなかった。ただ、寂しい一人暮らしの老人にも朗報、という言葉が、いやらしく、私の頭のなかで何度も繰り返された。

思いもよらない、というのは、主に外的要因に当てはまることで、例えば、偶然の出会いとか、意図しない事故などによく使われるが、歳を取ると、自分自身の変化ほど、「思いもよらない」ことはないように思われる。

電気屋に台所のLEDを買いに行ったのだが、「思いもよらない」とこに、私はそんなことはすっかり忘れて、ある少女の方へ目が行ってしまった。彼女は六歳か七歳くらいで、ショーケースのなかに立てかけられてあった。私はすぐにあの新聞記事を思い出した、「一人暮らしの老人にも朗報」。

電気屋のスタッフは私がショーケースの前で佇んでいるのをみると、「いまは、全店舗でキャンペーン中でして、お安くしてあります」といった、そして、いい感じのお孫さんですよ、と付け加えた。

彼は、ショーケースから少女を取り出して、操作の簡単な説明を始めた。少女の首の付け根には、小さなスイッチがあって、それを押せばいいだけだった。私は、逡巡がありながらも、彼の勧めにおされてその少女を買った。八万七千円だった。そして、肝心のLEDを忘れて、彼女と一緒に帰宅したのだった。

私は、彼女をさっちゃんと呼ぶことにした。よく見るユーチューブのチャンネルで、幼稚園児くらいの可愛い女の子が歌い、犬と戯れるさまをときどき見ていて、私が買った少女も彼女と似てなくはなかった、ユーチューブの少女もさっちゃんというのだった。

さっちゃんは、スイッチをいれると、五分ほどでゆっくりと動きだした。私が、何か歌は知っているかいと尋ねると、彼女は「犬のおまわりさん」を歌い出した。私は、それが彼女の年齢くらいの子どもにしては、少し、幼すぎると思ったが、彼女がきままに歌うままにしておいた。

彼女と、近くの緑地公園に散歩に行くのが日課になり、やがて彼女がきっかけで話しかけてくるひともいた。私はそれが億劫でならなかった。

ある老人(明らかに孤独で、話し相手を探しているような)が、さっちゃんを見て、今頃が一番かわいいね、うちの孫もちょうどあれくらいだけど、娘夫婦は連絡ひとつ寄越さない、といった。そして、まじまじとさっちゃんを眺めた。さっちゃんは、虫取りに夢中だった。

小一時間公園で、過ごし、彼女が遠くに行きそうなそぶりを見せたので、私は彼女を引き戻そうと、そのほうへ駆け寄った。彼女は、私の知らない歌をうたっていた。それは、私を不快にさせた。

どこで覚えたのか、と彼女に聞いても答えなかった。私はさらに不安になった。

さっちゃんの首のスイッチを切ると、彼女はゆっくりと眠り出す。私は彼女専用の寝室を用意していた。もう三日彼女を起こしていない。やはり、あの歌が少堪えたようだ。

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