卒業旅行[短い小説]

小説

名古屋を過ぎたあたりから田口は、声を上げて呻くようになっていた。

前屈みになって、腹をさすり、ときどき、トイレに立った。けれど、出るものは出ないと彼はいった。

自由席車両の新幹線は空いていた。横並びに、田口と僕、末木が座り、その周囲の座席には誰もいない。ずっと離れて、背広を着た中年の男が静かに寝ているくらいだった。

「せっかく、海だってのによ」

体調を崩し始めた田口を末木はおもしろくないようだった。

「ひょっとしたら、俺らふたりになるかもな、花火」

「別にかまわんけど、どうせ酒飲むしさ」

末木は、通路側から、田口が座っていた窓側の席へ移った。窓から殺風景な小都市の街並みが過ぎ去って行く。田口はもう三十分、席に戻って来なかった。

大阪に着いたときはもう、昼過ぎになっていた。ここから、今夜泊ることになっている田口の親戚が経営する旅館まで、JRと私鉄とを乗り継いでいかねばならない。

田口は目に見えて、元気がなかった。

「飯だよ、飯。とりあえずそれからだ」

末木は、田口の調子も訊こうとしなかった。

「悪いけどさ、お前らで行ってくれないか。俺そこで休むわあ」

田口は、ホームのベンチの方へ向かった。

「どうするよ」末木はいう。「あいつの親戚のとこに行くんだからさ、放っていくわけにもいかんじゃん」

「昼飯は先に俺らで食うか。あるいは弁当でも買って、あいつのベンチで食うとか」

「もうどうだっていいよ」

末木は、腰に手を当てて、明後日の方を見た。

田口はベンチに横になった。

「病院に連れていくとかは?」

「どこの?」

末木はもう倦怠感を隠そうしなかった。

「大阪のだよ」

「どうやってだよ」

「スマホで調べるに決まってんだろ」

「じゃ、そうしてくれよ」

「俺が調べるのか」

「お前がそうしたいんだろ」

しばらくそうして、やり取りが続いた。

田口は知らぬふりだった。末木も何かいう気力が切れて、途中でトイレに立った。

おい、と僕は近寄って、田口に声を掛けた。彼は口からよだれを流していた。息も荒くなっていた。いよいよ卒業旅行ではなくなった。

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