秋の道のり[短い小説]

小説

狭い道をトラックが轟音を鳴らして走り去って行った。

自転車に乗っている茂木はもう少しで転びそうになった。

慣れない道を走るとこういうことはよく起こる。

彼は、暇をすると、妻が新しく買った自転車で遠くまで行く。

昼頃に家を出て、帰ってくるころにはとっぷり日が暮れているなんてこともしばしばだった。

遠出をするつもりは、始めはない。

ただ、走っているうちに、もっと先まで行きたいな、と思って気が付くとまったく知らない土地に来て帰り方も分からなくなることもあった。

茂木はでも、サイクリングが好きなのではなかった。スポーツとしてやっているのではなかった。

ただ、日ごろ理由もはっきりしないで溜まっていく鬱憤を晴らすために、そうして外の空気を吸っているに過ぎなかった。

彼はフリーランスのプログラマだった。フリーランスといえば聞こえは良いが、ときどき気が向いたときに、ネットで見つけた仕事をわずかの量、請け負うだけだった。

妻は、もの書きをしていた。本を数冊出すほどで、収入の面では、茂木は妻に頼りっきりだった。

妻もなにもいわなかった。

でも、無理してプログラマをやらなくてもいいんじゃないと、たまに助言をした。

茂木は、自分がプログラマに向いていないことにはずっと前から気が付いていた。

妻の助言をありがたく思う反面、思い出して情けなくなることもあった。他に出来る仕事もないように思っていたからだ。

プログラマの仕事以外に、彼が毎日行っていることといえば、絵を描いたたり、詩を書いたりすることだった。

それ以外、何もなかった。

この日も彼の住まいのある香芝市を出発して、広陵町を抜けて天理市まで行って、そこからさらに明日香村にまで下った。

もう日は傾いていた。秋とはいえ、気温も高く、思っていたより体力の減りが激しかった。

山沿いを走ると、木々はわずかに紅く色づいていた。

蝉の声は聞こえなくなっていた。その代わり、鈴虫の声が主役になっていた。

茂木は、秋になると必ず体調を崩すのだけれど、一年のうちで気候の良い秋がもっとも好きだった。

夏も好きだけれど、あまり暑い日が続くとそれも飽きてくる。

気温が少し下がるだけで、ひとつの大きな仕事が終わったようで、寂しさと同時に新鮮な喜びを感じる。

同じ風景を見ていても、まるで違うものとして見えてしまう。

秋とはそういう季節だった。

茂木は、冷たくなった風を受けながら、坂道を下った。

ときどき通る車の音以外は何も聞こえなくなった。

風がぼぼぼっと耳を打つ。

家に帰るころには、ひとつの決心ができていた。

そのために、この一年、同じような日々を過ごしてきたような気がした。

「絵本描こうかな」

すんなりと妻にいえた。

妻はゲラをチェックしている手を止めて、それがいいよねえ、といった。

こういう結論に至るのが、彼女にはもう分かり切っているようだった。

「プログラマの仕事はでも続けるよ」

「そんなことより、絵に集中することの方が良いよ。明日からゴッホになりなさい」

妻はまたゲラのチェックを始めた。

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