本通りに新しいベーカリーが出来た。
カフェも併設されていて、買い物帰りにひと息つくこともできる。
私もよく朝早く教会に行ったかえりに、立ち寄ることがある。
朝食は家で済ましてくるのだけれど、早起きして普段のルーティーンと違うことをすると、すぐに小腹が空くのだ。
クロワッサンとホットコーヒー、欲張ってサンドウィッチも食べることもある。
席もたいてい決まっていて、通りを見渡せる窓側だった。
陽はルーフに遮られて、まぶしくない程度に入り、文章を書く手元もほどよく明るい。
私は、仕事としているエッセイとは別に、ほとんど趣味で詩も書くことがあって、たいては気晴らしに外で書いていた。
ほんの短いメモ変わりのような詩なのだけれど、気持ちがちゃんと落ち着いていないときには書けなくて、家の仕事部屋では気が急くし、図書館はすべてが整頓されていてかえって気が散る、そのためたいていはカフェで書いている。
でも、カフェであってもすべてが完璧に整えられているわけではもちろんなくて、この日も同じマンションの車さんに話しかけられて閉口した。
ちょうど、詩がリズムをうちはじめたころ「けいこさん」と声を掛けられた。
私は憤慨こそはしないまでも、少しきつい目で声がする方を見たのだろう、車さんは驚いたような顔をされた。
私はすぐに気を取り直して、一応は愛想のよい返事をした。
それで、また詩の世界に戻るはずだったのだけれど、車さんは買ったパンとコーヒーとをトレーに乗せて私の席にまでくるのだった。
私は、詩の書かれたノートを慌てて閉じなければならなかった。
車さんは、「ちょっといい」と訊いてから私の向かいに腰を降ろした。
「またいなくなっちゃってね」
車さんは、いつもスーパーの前で話すような口調で始めた。
彼女にはエンジニアをやっている旦那さんがいるのだけれど、気まぐれに前触れもなしによく行方不明になるのだ。それでも一週間程度で帰ってくるそうだ。
この日も出奔した夫が、画家になるのだと旅先から送ってきた絵葉書に書いてあったと話した。
「なんとかという画家が絵を始めたのは四十からだとかいって、俺も遅くないとかね」
車さんは、ひとしきり話し終えると満足して帰って行った。
私はもう詩を書く気力は失せて、ノートも取り出さなかったのだけれど、頭のなかにはさっき書いていた詩とはまた別の、すぐにも言葉になりそうなイメージが浮かんでいた。
どこかある島で、白い浜辺で私は砂のうえに文字を書いているのだ。波の音と鳥の声。それ以外には何もなかった。
後ろの、丘陵を上がった草原にはイーゼルにキャンバスを立てている画家がいるかもしれなかった。
私は車さんの話からそんなことを思いついた。
彼女の旦那さんはいまどこか安宿の一室でスケッチブックを広げているのかもしれない。窓からはやはり海が見えるのだろうか。
「トン」という音がして私は窓の方を見た。
子供がガラス窓を指でこづきながら歩き去って行く。
向かいの靴屋さんは開店の準備を始めていた。
靴屋の脇には狭い通路があった。
その向こうに潮風に旗のたなびく海の家があるはずだ。
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