異常なひと。[短い小説]

小説

買い物を済ませたら、すぐに帰るつもりでいた。

その日もいつものように、パソコンでメールをいくつか返信したあと、リモートで会議に出た。

会社に行かなくなくも済むようになっても、会議の回数は減ることはなかった。

室長は、いろいろと理由をつけてはみなで話し合うことを大切にするようなひとだった。

自宅のパソコンで会議に出席するのだけれど、一応はフォーマルな場ではあるので、私は会社に行くときと同じようなに服装を整えた。

けれど、パソコン上に映ったひとの多くは、Tシャツ姿だった。

室長に至っては、いまからゴルフにでも行くように、ハンチング帽まで被っていた。

こんなことは以前のリモート会議ではないことだった。

私は自分ひとりが場違いな格好をしているため、内心、混乱してしまって、発言も碌なものはできなかった。

そして、さらに悪いことにみな私の格好について、何一つ指摘してこないのだった。

買い物に行ったのは、その会議が終わってからだった。

私は着替えを済ませ、近所のショッピングモールまで自転車で行った。

平日の昼間とあって、駐輪場は空いていた。

少し遅れて、白髪の老人が、たよりない運転で駐輪場に入って来た。

彼は急に止まって、私の行く手をふさいだ。

私は、体を横にして隙間から、自転車の向こう側に行こうとしたのだけれど、老人は自転車を動かして、私の足を踏んづけるのだ。

「通れないから、早く自転車から降りてくれませんかね」

私の声には、怒気が含まれていた。

夏に近づいて暑くなってきたからかもしれなかった。

すると老人は、私を横目で睨むのだった。

しかし、私は自分が悪いとは思はなかった。明らかに意図的に妨害しているのは老人の方だ。さっさと自転車をどかしてくれ。

でも、老人にいっこうに動こうとしないので、私は自転車の車輪をまたぐようにして向こう側に行くしかなかった。

老人は、怖い目つきで依然私を睨んでいる。

私は背中に彼の視線をずっと感じていた。

災難はそれで終わらなかった。

スーパーの入口へと向かう通路でひとりの大柄な男が走ってきて、私にぶつかったのだ。

私はもう少しで仰向けに転ぶところだった。

しかも、あろうことか、気をつけろ、といったのは男の方だった。

「そっちがぶつかってきたんだろう」

私はほとんどかすれた声で、文句をいった。

けれど、男はもうとうに通路の端にまで駆けて行ってしまっていた。

周りの買い物客は、私をじろじろと見始めた。

最初、私は同情されているものと思っていた。ぶつけられたのは私なのだ。

しかし、人々は私を奇異な目でみるのだ。

子供連れの母親など、

「見ちゃだめよ」

といって子供の手を引いてそそくさと去って行く。

私は、自分ひとりが動物園の檻のなかにいるような気がした。

明らかに異常なのはまわりの方だ。

しかし、そんな理屈は、檻のなかでは通用しない。

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