醜男の幸福 [短い小説]

小説

ファミレスは閉店前とあって、客の数はすくなかった。

窓側の席に新聞を広げている中年の男がひとり、トイレの横の席で、黙ってスマホをいじっている高校生くらいの男がふたり、そして、出入り口に近い、ソファーの席で、向かい合って座っているのが、たけしと、その恋人のけいこだった。

たけしは、カルボナーラを半分食べ終えると、もう食欲を無くしていた。

黙って、けいこの会社の愚痴を聞いていた。彼女の愚痴はすさまじいものだった。上司が臭いから、死んでほしいとか、新しく入ったアルバイトが不器用なので、もう口を聞かないとか、同僚の女はぶりっ子だがじつはヤリマンだとか、彼女の口は静止することを知らないようだった。

しかし、たけしが食欲を無くしていたのは、彼女の豊富な悪口が原因ではなかった。

三年にわたる付き合いをもうやめにしようと思って、その話をするために気が重たくなっていたのだ。タイミングを見計らっているわけだが、容易にチャンスは訪れない。

「だからさ、そんなぼけっとした顔しないで」

けいこがいった。

「実はさ……」

勇気が無くなれば死んだほうが良い、といった作家がいたが、このときほど、たけしがそう実感したことはない。

この場合、彼の勇気は非常に良い結果をもたらした。

別れを告げられた、相手の女は、ごく冷静な様子を取り繕ってこういった。

「お情けで付き合ってやってんのに、勘違いすんなよ。ぶさいく」

そして、ピラフを半分残して店を出て行った。

たけしは、ほっとしたが、ここから彼の災難が始まるとはもちろん、彼は知る由もない。

彼は、個人経営の塾で、講師をしていたのだが、いつものように昼過ぎに出勤すると、シャッターが閉じられたままになっていた。

雇い主は失踪したのだとすぐに分かった。つまり、彼は職を失ったことになる。

彼はすぐに気持ちを切り替えて、職を探したのだが、なかなか新しい職を得ることができなかった。

彼は体に障害を抱えていたので、あまり長時間の勤務はできないのだ。

アルバイトも見つからなかった。

半年が過ぎて、失業保険も切れた。貯金も底をついて、仕方なく彼は、実家に帰ってそこで戦略を練り直すことにした。

父親は昨年、脳の病気を患って、言葉が話せなくなっていた。

「最悪、家を処分して、お国の制度に頼るしかないね」

母親はいった。特に絶望しているわけもなかった。

絶望していたのはたけしの方で、最近は自殺する方法をインターネットで探したりして、はっとして画面を閉じることがある。

父親は、言葉をしゃべられなくても体を動かすことはできた。

彼はよく庭の草抜きをする。たけしも体がなまってはいけないと、父親の手伝いをする。

夏ほどではないが、草はいくら抜いてもきりがない。それがよかった。

彼は父親が抜いた草をごみ袋に収める。父親も、黙って草の束を袋に放り込んでいく。

そうして、昼前には作業を終えるのだけれど、そのころには汗でシャツがぴったと背中にくっついた。

体も軽くなっている。

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