海での出来事 [短い小説]

sea waves crashing on shore 小説
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砂の城を波が洗って行くのを田崎は嬉々として見ていた。

一時間もかかった自分の労作がこうして瞬間的に壊滅するのが、彼には愉快であるらしかった。

彼の恋人のまさみは黙って見ていた。

私は、田崎に合わせて、半ば面白がってはいたが、実際は砂城を作っているときから、そうした作業がただ退屈でしかなかった。

今朝、田崎から連絡があって海に行かないかと誘われた。

大学も休みになって、暇をしていたので、私に断る理由はなかった。

二つ返事で受けて、朝食を取ったあとすぐに、待ち合わせ場所の駅に向かった。

田崎はもうすでに来ていた。

そして、予期しないことにまさみも一緒だった。

私は、彼女がいても迷惑はしないが、私がこの恋人たちの邪魔にならないかと気を揉んだ。

もし、田崎がまさみも来ると事前に伝えてくれていたなら、私は遠慮して来なかっただろう。

田崎は、まさみとはあまり話をせず、私との会話を楽しんでいた。

むしろ、気を使ったのは私の方で、ときおりまさみに話を向けた。

まさみは軽く受け流すくらいの返事しかしなかった。

私がいることが不満なのか、田崎の振る舞いが不満であるのか、私には分からなかった。

ただ、いつも大学で会うときの彼女の態度とは明らかに様子が異なっていた。

キャンパスでは彼女はもっと気さくで、明るかった。

しっかりと大人ぶったところもあったので、田崎とはつり合いが取れんだろうと、普段から私は思っていた。

私は、彼女の不機嫌を見て少し悲しかった。

それだけでなく、この状態を生んだ田崎を疎ましく思った。

波に削られた城を、田崎は自分の足で砕いた。城はやがて平坦になり、さらに波に洗われてもとの砂浜に帰った。

「案外こういうものだろうな、人間の価値ってさ」

田崎が笑いながらいう。

「人間の価値?」

私が訊いた。

「そうだ、何やってもどうやってもどうせ消えて行くんだ」

「無常ってやつか」

私は、冗談だろうと思って笑った。

田崎も静かに笑っていた。

それから、飯に行こうと彼はいった。

まさみはこの日初めて笑みを見せた。

休みが終わってから、田崎の姿をキャンパスで見ることはなくなった。

それ以前から、彼とは連絡が取れなくなっていた。メールにも電話にも応答がなかった。

彼を知る友人のなかには彼が大学をやめたというものもいた。

私は廊下で偶然会ったまさみに田崎がどうしているかと訊いた。まさみは、

「悩みがあるみたい」

とぼそりといった。海で会った時のようにそっけなかった。

しばらくして、田崎とまさみは別れたのだと、ある友人から聞いた。

でも彼も田崎がいまどうしているか知らないのだった。

一方、まさみは以前のように明るくなった。

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